
2019
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こんにちは。野中千穂です。私は原子核物理学・ハドロン物理学(理論)を専門にしています。
特にクォーク・グルーオン プラズマ、量子色力学(Quantum Chromodynamics(QCD))における相転移現象に関連する研究を行っています。
- 1)衝突後、どのように流体化が起こるのか?
- 2)QGPの熱力学的な性質とは?
- 3)流体から粒子へのメカニズムは? などなどです。
通常、クォークやグルーオンは陽子やパイ中間子などに閉じ込められています。陽子やパイ中間子のことをハドロンと呼びます。 ところが、高温・高密度のような極限状態では、 クォークや、グルーオンの自由度が見えてきます。このような新しい物質のことをクォーク・グルーオン プラズマQGPと呼びます。このQGPはQCDの持つ興味深い性質、漸近的自由性により予想されました。こうしてハドロン相とQGP相間のQCD相転移現象に注目しが研究されてきました。
一方、QGPの発見、生成を目指し、一連の高エネルギー重イオン衝突実験が、世界の各地で1970年代より行われてきました。そして2005年、ようやくQGPの生成に成功したと結論づけるに至りました。 このように実験からの検証に時間がかかったのはなぜでしょうか。 それはQGP物理の難しさと面白さに起因しています。実はクォークや、グルーオンは通常単体で観測することができません。そのため、たとえ実験でQGPが実現したとしても、観測されるものは閉じ込め後のハドロンなのです。どのようにQGPを検証するのかは一筋縄ではなく、理論と実験の双方からの研究が不可欠です。
このような状況の中、私は2つの研究によってQGP生成という結論に貢献することができました。一つはリコンビネーション模型です。この模型の成功は重イオン衝突後、クォークのスープが生成されたことを決定づけました。現在、この模型のさらなる拡張を行なっています。
もう一つの模型は相対論的流体模型です。2つの原子核が高エネルギーで衝突後、粒子の多重発生が起こること考えられています。その状態を流体模型で記述するというある意味大胆な仮定をおいた模型です。私がこの模型のことを初めて知ったのは遡ること学部の4年生の時でしたが、その時の驚きを今でも覚えています。実際、当時、現在のような流体模型の成功を予想していた研究者はそう多くはありませんでした。しかし、2000年より稼働した米国・ブルックヘブン国立研究所の Relativistic Heavy Ion Collider (RHIC)での強い楕円フローと呼ばれる観測量をうまく説明できたのが、流体模型であったので、状況がガラリと変わりました。現在CERN の Large Hadron Collider が稼働していますがこの実験結果の理解にも使用されています。
現在高エネルギー重イオン衝突の実験理解には欠かせない模型となった流体模型ですが、まだまだ解明すべきことがあります。
我々のグループでは相対論的流体模型の世界最先端の数値アルゴリズムの開発と実験解析に成功し、今まさに様々な実験解析への準備が整ったところです。 さらに第一原理計算である格子ゲージ理論から、質量の起源、ハドロンの構造や性質、QCD相転移現象の研究にも取り組んでいます。
そしてQGPの物理は、原子核物理、ハドロン物理の枠に留まらず、宇宙物理学、プラズマ物理、非平衡物理、物性物理へと広がっています。例えば最近のホットな話題の中性子星合体。この解析には有限密度の状態方程式、つまりハドロン相とQGP相の相転移現象の理解が不可欠です。さらに流体という描像は様々な物理現象の理解に適用されています。
このように原子核物理・ハドロン物理の研究に精力的に取り組みつつ、さらにそれだけに捉われず、様々なことに挑戦する意欲のある学生を歓迎します。皆さんと、物理の議論で刺激的な日々を送ることを楽しみにしています。
(2019.05.07)